しかし最近、土日にFacebookのwallを眺めながら、確信した。
そうか、「親バカが、根拠のない自信の原点なんじゃないか」と。
僕も今年で33才になるので、土日ともなると、wallがFriendsの子供の写真で溢れかえる。独身男としては、正直、なぜあんなに執拗にアップするのか、なぜ、あんなに自分の子供を褒めちぎるのか、今ひとつ腑に落ちないものがあった。
こういうことではないだろうか。
アレは、社会をより良くするために人間に備わった社会的な機能、いや、本能なのだ。
子供が生まれた → スゴイ!感動!生まれてきてくれて、本当にありがとう!
子供が立った → スゴイ!こんなに早く立つなんて、うちの子、運動神経良いかも!
子供がしゃべった → スゴイ!こんなに早く喋るなんて、うちの子、言語野が発達してるかも!
周りから冷静に見ると、「そりゃそうだろ」みたいな事象に一つずつ感動があり、感謝があり、うちの子はスゴイかも!みたいな賞賛がある。
それらの一つ一つが複雑な言葉を解さない子供にも、実は全部伝わっているのではないかと思うのだ。親の表情、動作、言葉の調子などすべてを通じて。
その賞賛や感謝に根拠や理由なんていらない。
だって、それが僕らの原点であり、基地なんだから。
だから、さみしい独身男としては、そういったpostに全力で「いいね!」していこうと思う。そして、放っとくと徐々に小さくなっていく「根拠のない自信」を守り、育てるため、とりあえず学生は褒めようと思う。
仮に、「矢野さん、褒めすぎじゃないですか?」と問われたら、
「明確な根拠はない!しかし、大きな意味はある!」と高らかに答えよう。
そして、自信満々&クソ生意気な状態で新卒で入社してきたら、「うん、そうか!じゃあやってみよう!」とか言って、超難しい顧客とかウルトラ困難な新規事業とかをぶん投げて、思いっきり失敗させたら良い。
どうせ口で言っても分かんないし、その方が吸収が早い。僕の経験でも、だれかに言って聞かせられることよりも、自分で気づくことの方が数百倍大きい。彼らが知識や知恵に対して、「本当に乾いた状態」になってはじめて、知識や知恵は染みこんでいくものだ。
だからその前に、簡単に「失敗した」とか「オレはもうダメぽ」とか思わないだけの
「根拠のない自信」を我々が共同体として育んでいくことが大事だと思う。
何より、彼らが競争&協調していく未来の相手は、海の向こう側にいる。恐ろしくハングリーで、元気で、日本語よりもっとメジャーな言語を操る人達だ。その時、「根拠のない自信」もなしにどう挑んでいけると言うのか。
僕が彼らに一つだけ武器を持たせてあげられるとしたら、「根拠のない自信」を持たせる。英語やITや教養の類いは、壁にぶち当たってからやっても遅くないだろう。それよりも、まず壁にぶち当たるまで挑戦しようと思う「根拠のない自信」を持たせる。壁にぶち当たってもへこたれない「根拠のない自信」を持たせる。
今も昔も、「最近の若者は〜」とか言って、難しそうな顔して説教たれるオッサンがいるが、「いいね!」「すごいね!」とか言いながらニタニタしてた方が、我々の未来も明るい気がするのだ。
そこに愛がある限り。
